2025.10.24
「10年後、“好きなことで生きる人”と“仕事に追われる人”を分けたもの」
「10年後、“好きなことで生きる人”と“仕事に追われる人”を分けたもの」
──鈴木視点(完結編)
十年なんて、長いようで、気づけばあっという間に過ぎていた。
「同窓会、来ないか?」
そんな連絡が久しぶりに届いたのは、仕事終わりの夜だった。
PCの光がまぶたに重くのしかかり、背中は椅子に沈みきっていた。
正直、行く気にはなれなかった。疲れていたし、今の自分を見せたいとも思わなかった。
だけど、ふと頭に浮かんだ顔があった。
――佐藤。
あいつは今、どんな顔で笑っているんだろう。
あの日、夕陽の教室で「たどり着きたい場所があるから」と言ったあいつは。
俺は小さく息を吐き、画面の「参加する」をタップした。
■ 同窓会会場──再会
駅前の小さなホテルの会場。
懐かしい顔が笑い声を交わし、制服姿の写真がスクリーンに映し出されていた。
「鈴木!久しぶりじゃん!」
クラスメイトの声に肩をたたかれ、笑って返す。けど、その笑いはどこか薄かった。
しばらくして、会場の入り口がざわついた。
誰かが入ってきた。その声でみんなが振り返る。
「おーい、遅れてごめん!」
佐藤だった。
白いシャツに細身のスーツ。変わらない笑顔。だけど、高校の頃より、ずっと落ち着いた雰囲気をまとっていた。目の奥の強さも、そのままだった。
「鈴木、来てたんだな」
そう言って、真っ直ぐに俺のほうへ歩いてきた。
俺は思わず立ち上がり、笑った。
「ああ。久しぶりだな」
佐藤の顔には、疲れも迷いもなかった。
むしろ、忙しいんだろうに、どこか満たされているような空気があった。
■ 近況報告──埋まらない差
乾杯のあと、みんなで近況を話し合う流れになった。
俺は営業職に就き、毎日終電近くまで働いている。数字に追われ、評価に追われ、気づけば時間だけが過ぎていた。
「で、佐藤は?」
誰かが聞いた。
佐藤は少し照れくさそうに笑いながら、こう言った。
「今、救急病院で働いてる。忙しいけど……やりがいはあるよ。昔から人の役に立てる仕事に就きたかったんだ。まだまだ未熟だけどさ」
その瞬間、会場の空気が少し変わった。
尊敬、驚き、羨望。いろんな感情が混ざった視線が、佐藤に向けられる。
俺はグラスの中の氷を見ながら、胸の奥の何かがズキリと痛むのを感じていた。
努力していないつもりはない。
むしろ、毎日しがみつくように生きている。それでも——
俺の努力には「追われる苦しさ」があって、
佐藤の努力には「進んでいく手応え」があった。
■ 二人だけの会話──答え合わせの瞬間
会が落ち着いたころ、佐藤と二人で廊下に出た。
自販機の前、人気のない窓際。夜の街が静かに光っている。
「鈴木、元気にしてたか?」
「ああ、まあな。仕事は……それなりだよ」
佐藤は缶コーヒーのプルトップを開け、少しだけ笑って言った。
「鈴木、昔さ。“なんで勉強するんだろう”って言ってただろ?覚えてる」
胸の奥で、何かがカチリと音を立てた。
あの夕陽の教室。ノートの上で止まったシャーペン。
全部、一気によみがえる。
「……覚えてるよ。俺は結局、答え出せないままだったけどな」
そう言うと、佐藤は首を振った。
「いや。きっともう気づいてるだろ?目的のない勉強や仕事って、苦しいだけだって。
“誰のために”“何のために”って、自分の言葉で言えるものがあれば、苦しさの意味も変わるんだよ。」
俺は黙ったまま、息を閉じ込めていた。
図星だった。ずっと分かっていた。でも認められなかった。
「鈴木。遅いとか早いとか、そんなの関係ないよ。今、ここで考え始めたなら、それで十分なんだと思う」
窓の向こう、街の灯りが揺れていた。
その光は、十年前の夜空を思い出させた。
未来なんて、ずっと遠くにあると思っていた頃の自分を。
■ 結び──変わることは、いつだってできる
同窓会が終わり、帰り道。
冷たい夜風の中、歩きながら俺は思った。
――十年前、同じ机で、同じ参考書を開いていた。
でも俺たちは違うものを見ていた。
俺は「落ちないため」に。
佐藤は「たどり着くため」に。
たったそれだけの違いが、十年後の道を変えていた。
でも、道はまだ終わってない。戻ることはできなくても、進む方向は選べる。
スマホの画面を開き、メモ帳にひとことだけ書いた。
「何のために、働くのか?」
その言葉が、小さく震える指の下で、確かに光っていた。




























